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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)101号 判決 1969年12月25日

原告 寺田節男

被告 国

右代表者法務大臣 西郷吉之助

右指定代理人 小林定人

<ほか四名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立て)

一、原告

被告は原告に対し金九六万円を支払え。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因)

一、原告は、天竜社組合に加入し、自己所有の織機八台につき通商産業大臣の登録を受けて、昭和二五年四月から肩書住所地において織布業を営むものである。

二、ところで、中小企業団体の組織に関する法律(昭和三二年法律第一八五号)およびこれに基づく綿スフ織物調整規則(昭和三七年通商産業省令第九九号)、織機設置制限規則(昭和三六年通商産業省令第八五号)の規定によれば、通商産業大臣は、綿スフ織物業者の過当な競争を抑止し、その経営の安定を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与するため、業者に対して綿スフ織物の製造の用に供すべき織機について通商産業大臣の登録を受けることを義務付け、これを受けなければ、綿スフ織物の製造の用に供すべき機械をその用に供し(調整規則二条)又はかかる織機を新たに設置してはならず(制限規則一条)、これらの制限に違反したときは、三〇万円以下の罰金に処する(法一〇八条)こととなっている。

かかる法制の下においては、通商産業大臣は、違反者を厳重に取り締り、登録を受けて操業している正規業者を保護すべき義務をこれらの者らに対する関係において負担しているものというべきである。

三、しかるに、原告の加入している天竜社組合においては、昭和三六年五月一一日ころから、通商産業大臣の登録を受けることなく綿スフ織物の製造の用に供する織機を設置して綿スフ織物を製造する者が続出し、その機械台数は、当時で約三、〇〇〇台にものぼったが、これは、明らかに、通商産業大臣が故意又は過失によって右の義務を懈怠したことによるものである。

四、その結果、原告は、つぎのような損害を被った。すなわち原告は、昭和三八年九月から翌三九年八月までの一年間に綿スフ織物一、九一八反を製造し、反当り三〇〇円、合計五七万五、三七〇円の織賃を得たが、若し通商産業大臣が違反者を取り締り違反者との過当競争を防止しておれば、右期間内における反当り織賃は、昭和三六年の最低三六七円八〇銭に、その後の政府の政策、国内経済の向上、所得の倍増等による騰貴額と一反当りの事業利益二六六円を加算した一、〇〇〇円となっていたはずであるから、結局、原告は、右期間内において、一反当り七〇〇円、合計一三四万二、六〇〇円(1,918反×700円=1,342,600円)のうべかりし利益を喪失するにいたった。

五、よって、国家賠償法一条の規定に基づき、被告に対し、右損害金のうち九六万円の支払いを求める。

(被告の主張に対する反論)

被告は、違反者に対し戒告をしたり勧告書をもって勧告したと主張するが、法秩序を維持すべき通商産業大臣としては、事業停止命令を発したり告発したりする等厳重な措置をとるべきであり、このようにして正規業者を保護しない以上は必要な措置をとったものとはいえない。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因一の事実は認める。

二、同二の事実中、原告主張のごとき法令のあることは認めるが、その余の主張は争う。

三、同三の事実中、無登録織機のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。通商産業大臣は、後記のように無登録織機につき法令に従った措置を講じている。

四、同四の事実中、原告の被った損害額の点は不知、右損害が通商産業大臣の違法行為によるとの点は否認する。

(被告の主張)

中小企業団体の組織に関する法律、綿スフ織物調整規則および織機設置制限規則による原告主張のような制限は、特定の業者を保護するためのものではなく、綿スフ織物業者の過当な競争を抑止してその経営を安定ならしめることにより、国民経済の健全な発展に寄与しようとするにある。したがって、また、これに違反した者に対して法が刑罰をもって臨むのは、違反行為を業者間の過当な競争を誘発、助長して法の所期する目的を無為ならしめる危険があるということによるものであって、違反行為が他の業者の経営上の利益を侵害する不法行為であるということによるものではなく、監督行政庁たる通商産業大臣がかかる違反行為の有無を監視し、違反行為があればこれを摘発して除去する義務も、政治的、行政的なものであり、その懈怠があったからといって、国は、法令を遵守している正規の業者に対して、その者の被った損害を賠償すべき責任を負うわけではないのである。

なお、通商産業大臣は、政治的、行政的見地から、前記法令の趣旨を実効あらしめるため、昭和三四年八月三一日付で通商産業省繊維局長から各通商産業局長あてに「織機設置制限違反織機の取締りについて」という指導通達を発し、ついで、昭和三六年三月三〇日付で右通達を改正する「無登録織機の取締りについて」と題する通達を発するとともに、その協力方を都道府県知事、関係組合団体に要請してその周知徹底を図り、また、その具体的措置としては、(1) 織機設置制限規則に違反して織機を新たに設置している者に対して、戒告をなし、当該織機の廃棄または格納を命じ、(2) 右の措置によってもなお違反状態を解消しない者あるいは立入検査を拒んだ者に対しては、(イ) 各種補助金等の交付を行なわず、(ロ) 融資のあっ旋を停止し、(ハ)輸出検査法に基づく指定検査機関による輸出検査を保留し(これらの措置は、当該違反者と下請系列関係、資金系列関係にある親事業者その他の経済的関係にある者に対しても適用する)、それでもなお違反状態を解消しない者に対しては、刑事訴訟法二三九条の規定に基づいて告発することとし、その前提として、昭和三六年七月一斉に綿スフ織機の実態調査をしたのであるが、原告の関係する東京通商産業局についてみるに、かなりの無登録織機のあることが判明したので、その違反を解消するよう違反者に対して戒告書をもって戒告をなし、再び昭和三九年にいたり一斉調査をしたところ、昭和三六年のそれを上廻る違反者があったので、前同様勧告書をもって勧告し、これに応じない者に対しては、出頭を求めて事情を聴取し、早急に違反状態を解消させるべく説得した。ついで、昭和三九年末には立入検査を行ない、判明した違反者に対しては、前同様の勧告をなし、これに従わない者に対しては、輸出検査の保留措置をとるよう関係機関に依頼する等その実効を期すべく必要な措置をとったのである。このような無登録織機の解消を図るための措置は、前記のように、政治的、行政的立場に立ってなされるものであって、法律上の義務に基づき特定の業者を保護するためになされるものではないのであるから、仮りに違反状態が完全に解消されるにいたらないとしても、原告との関係において法律上の義務違反の問題を生ずるものではない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

おもうに、通商産業大臣が、中小企業団体の組織に関する法律およびこれに基づく綿スフ織物調整規則、織機設置制限規則の規定により、一定の要件の下に、綿スフ織物業者に対して商工組合への加入命令、事業活動の規制に関する命令又は設備新設の制限命令を発し、違反行為の有無を監視し、違反行為があればこれを摘発、除去する義務を有していることは明らかである。しかし、この義務は、通商産業大臣が、監督行政庁として、業者の過当な競争を抑止してその自主的組織の結成と健全な運営を促進し、経営の安定および合理化を図り、もって国民経済の発展に資するという国家的目的のために認められた国に対して負う責務にほかならず、法令を遵守している正規業者の経済的利益を違反者から護ることを直接の目的としてかかる業者に対する関係において負う義務ではない、と解すべきである。換言すれば、違反者が徹底的に取り締られることによって公正な経済活動の機会が確保され、正規業者が利益を受けうることはいうまでもないが、正規業者の該利益は、通商産業大臣の権限行使に伴う反射的利益にすぎないものであって、直接これら法令によって保障された利益ではない、というべきである。それ故、正規業者たる原告は、仮りに通商産業大臣が右の義務を懈怠して違反者を取り締まらなかったことによりその主張のごとき損害を被った事実があるとしても、その義務懈怠を理由として国に対し損害の賠償を求めることは許されない。

よって、原告の本訴請求は、その余の争点について判断を加えるまでもなく、その理由がないこと明らかであるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 渡辺昭 斎藤清實)

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